思考が漏れてます

仕方ないんです。漏れてしまうんです。

( ゜∀ 。) <やるじゃない plamolog

セクショナリズム

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セクショナリズムというのはネガティブな概念です。まず魅惑系のことではないことを言っておきます。僕はさして頭はよくないから、セクシー?セクハラ?系そういうやつ?とうっかりしてしまいそうだが魅惑的ではないです。

イノキイズムとかナショナリズムとかって聞いたことありませんか? 猪木主義とか国家主義とか、なんとかイズムとかリズムとかつくのが~ismって英語圏ではナントカ主義の略語からくるもののようです。

ということでセクショナリズムは、主義を表すことを意味しています。 セクショナ〜〜は何かというとセクションを指しています。セクションとは、区分とか部署とか一つの明確な意味のあるグループ的な意味があります。

ということで、部局割拠主義というのがセクショナリズムを表します。

意味はというと、集団や組織において各々のグループや部署が縄張り意識を持って他のグループと無関心、闘争、責任のなすりつけ合い、思考を止める諸々の集団での悪影響を指すことです。

縦割り社会が行き過ぎるとこの傾向に陥ります。よほど盤石な組織でない限り、集団としての寿命を縮めることに繋がります。お役所、行政とかはセクショナリズムはあれど、国そのものなのでちょっとしたことでは壊れません。

ただ、第二次世界大戦の日本軍(公務の部類だから)は天皇を頂点とし、陸軍と海軍と真っ二つにわかれていました。天皇陛下お膝元にも関わらず、陸軍の歴代トップと海軍の歴代トップから仲が悪いというか派閥だったのです。幹部含め酷い時は末端にまで、あいつらは偉そうだ。あいつらは勝手なことをする。あいつらが恥かいたざまぁww。あいつらには協力しない。あいつらにバレたら恥をかくから隠蔽しておこう。あいつらが抜け駆けた、ならうちはこうする。とか長年繰り返していまして、戦局が悪化していよいよ大日本帝国が危ないとなった時でもずっとこう云うのを繰り返してきました。 お陰で、いらぬ損害を陸軍も海軍も起こしています。

これ、日の丸親方がセクショナリズムで国を壊した?壊しかけた?ダメな例です。

興味がある人は顕著にこの問題が現れたこちらの戦果誤認の項をご参照下さい。

台湾沖航空戦 - Wikipedia

さて、セクショナリズムは防げないか?というと経験上無理です。なくせないです。 企業で言うと部署があるのは当然で、それぞれ役割と立場が違うので考え方も根本的に違います。 無くす方法は安直に言えます。

相互の立場に対して尊重と理解を進め、時には忍耐が必要なこともあり、時には譲歩し、困っていれば協力を惜しまない。それを組織の全員が意識し行動すること。

無理でしょう。全員がここまで成熟した人で構成されている組織なんて見たことがありません。僕はそうありたいと馬鹿げた夢をいつも見て、時に、壊れ、逃げましたが、お人好しなのかバカなのかはわからないですが、まだそうあるべきだと信念は変えていません。

スポーツの応援団やサポーターを経験した人にはわかると思うのですが、この場合の集団にはセクショナリズムは殆どありません。その姿勢をなぜ仕事に転用できないのか…とも思いますが、別のものなんでしょうね。自分が主体的に責任を負うことと主体的に応援することはなにか違うものなのでしょう。

部門間のセクショナリズムは、トップや部門長同士さえ気をつけていれば当事者同士を上から拳骨制裁的なもので済みます。目に余るようでしたら財務数値の暴力や規則による制裁などで黙らせればいいのです。よく起こるのは他部署間の中間管理職同士の争いや、他部署間の担当者同士の争いです。

厄介なのは部門内のセクショナリズムです。

まず、闘争について。争いが起こっているのか部門長もトップも表面上見えません。気づかないうちに部門内の中間管理職や担当者達がカオスな派閥争いを起こしている可能性があります。未熟な人間が1人いるだけで、価値観の違いで争いが起こりやすくなります。どのみち、暴発するので表沙汰になるところですが、その頃には部門内部のダメージは相応にあると考えたほうが良いかもしれません。ただ、僕はこっちのほうが最終的に目に見えるので組織としては反省があれば、立て直しが効きやすいので救いがあると思います。犠牲はついてしまいますが…

つぎに、思考停止、無関心、非協力的についてです。この手のセクショナリズムは一見穏やかで任務に忠実に見えます。しかし、長い目で見ると組織として停滞してしまいます。変化を嫌い、現状維持に固執する傾向にあります。なぜそのようになってしまうのか?そのような人がいるからとしか言えませんが、私は未熟な人間よりもそのような人間のほうが心を傷めません。未熟な人間は基本心をへし折らないと成長しません。心がへし折れる様はかつての自分を見ているようで内心、自分も心を傷めます。

さて動かないセクショナリズムを持つ人は、過去のなにかしらの経緯で自信を失っていたり、恐怖心や警戒心が強い傾向にあります。基本おとなしく優しい人が多いです。 まず、無関心状態であればコミュニケーションを相互に取らせる必要があります。互いのことをよく知ること。そういう場を多く作ること。 思考停止には全体の流れを見せること、可能な限り情報を与えること、そして困っている問題ことを認識してもらうこと。それらを部門内で議題として話し合える場をつくること。発言したら勇気をだしたんだなと受け止めた上で、対応すること。 非協力的については、どんな小さなことでもよいので、部門全体にプラスになる行為をすれば部門内に共有し称えること、馬鹿にしないこと。そこで満足させないように、今後その行為についてリーダーシップを取らせること。それについて阻害するもの(萎縮させる行為)がいたら全力で潰すこと。 困っている人を見かけたら見過ごさずに問いかける行為をしただけでも評価すること感謝をすること。

このような手続きは短期間では実りませんし、コストも掛かりますが本人の能力よりも人格と対話して孤独からチーム意識に転換させることが真っ当な方法です。

なんにしても銀の弾丸はありません。きっちりと各々が各々と向き合う機会を増やすことが大切です。

リーダーは組織に1人で十分です。マネージメントを行うものは数人必要です。作業者は大量に必要です。しかしながら、自発的で組織にとってポジティブなリーダーシップは規模は問わずだれもが持つ必要があると考えています。それがセクショナリズムの力を弱めてくれます。

最後に、今までぐだぐだと講釈を垂れましたがセクショナリズムの第一予防は挨拶です。 おはようとか、オッスオラ悟空でもなんでもいいです。小さな声でもいいです。ジェスチャーでもいいです。

Aさん、おはようございます(私を受け入れて下さい)

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Bさん、おはようございます(私はあなたを受け入れます)

という儀式的で気持ち悪く感じる人もいるかもしれませんし意味ないんじゃないのそれ?とかの声が聞こえてきそうな気もしますが、私はあなたを受け入れます。という姿勢に繋がります。返事がないただの屍のようだ…となっても粘り強くやることが大切だと思います。 本来は役割も立場も異なる間柄…基本は関わることのない人と人は対立しやすい関係性の危険があるので未然に防ぐ最低限の行為です。

誰もが損をしない集団・組織・チームを目指すなら挨拶は大切な第一歩です。

僕は直球でも変化球なアプローチで試み、セクショナリズムが抑えられるように組織の力になりたいです。気概です。強要はしませんがアタックはします。中には迷惑かもしれないけれども、こういった縦割りの弊害を加速させないように必要なこととして周囲に理解してもらえるように努めたいと思います。と、いって今までゾンビのように死んでも、立ち上がっています。1人の力は弱々しいけれども。