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思考が漏れてます

仕方ないんです。漏れてしまうんです。

( ゜∀ 。) <やるじゃない plamolog

埴輪と現代

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埴輪で表現されているものが現代でも色濃くして残っている文化があります。

一つ、神社本殿

二つ、相撲の力士

です。

他にあるかもしれませんが自分が気づいたことだけ話を進めます。 今城塚古墳というのが大阪府にあるのですが、それについて調べていますと興味深い発見があります。

専門家とか考古学好きなら、今頃何いってんの当たり前じゃないと言われそうですが、さして世の中の多数の人は別のことに執着してたり、関心がなかったり、そもそもそういう思考に至らないという目線を考古学だけでなく、各分野のスペシャリストは意識しないと単なる井の中の蛙大海を知らずか排他的になりがちなのでご注意下さい。過去スペシャリストを挫折した、ただの人である僕はそう痛感しています。

あ、話がソレました。

まず神社本殿です。今城塚古墳から発掘されたものです。

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どことなく、屋根の部分が伊勢神宮の遷宮している本殿に似ていませんか? 遷宮っていうのは簡単に言うと、神社の本殿を修理したり、今までの本殿を解体して新しくつくろうということで新築移転することをいいます。 伊勢神宮の場合、建築した当初の姿を保ったまま20年に1回、必ず遷宮をします。そういうのがかれこれ1300年も続いています。この継続力はスケールが大きいです。

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伊勢神宮は日本って国号が決まってからの建物です。 今城塚古墳は、日本って国号が定まっていない時代のお墓です。

学校教育で、邪馬台国と卑弥呼、ヤマト王権(大和朝廷)と大王、日本と天皇みたいな暗記学習をさせられませんでしたか?実際、ヤマト王権以前の歴史は日本書紀や古事記に記されていますが、歴史的な一級資料とはいえ、科学の力で発達した現代の考古学や海外の日本大陸の文献からするとどうも矛盾点がでてしまっている困った状況が江戸時代くらいから今に至るまで続いています。

正式に日本国になる前の大王達に対して後世の人が、なにがし天皇と命名していますが、当時はその大王達がなんと呼ばれていたのかも正式にはまだよくわからない時代です。多分、なにがしかのミコトとか長ったらしい名前だったんでしょうかね。わかりません。天皇と称したのは、天武天皇が最初といわれています。

今城塚古墳は、ヤマト王権と言われている時代に作られたものです。ということは、本殿埴輪に形状が似ている伊勢神宮の本殿は1300年を超える時代からあまり変わっていなく、よくわからない時代からの構造をかもしだしている様は、まさに生きたシーラカンスのようなものだと感慨深く思います。あ、今城塚古墳の本殿埴輪は伊勢神宮を指すものではないです。混同しないように。

次に、相撲

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相撲での力士のような風体は、いつから始まったのかはわかりませんが、ヤマト王権以前の古代から力士という概念があることがこの埴輪から分かります。共通するのは、ガタイがよい、マワシ、四股(しこ)という点です。タイマンバトルとしての相撲は力士の成立よりも後になりますがこれもヤマト王権から、現代に至るまで時代の節目で徐々に今の大相撲に形成されてきました。古代の力士は、神社を守る者と言われています。はだかにマワシ姿の意味はわかりません。ケガレが少ない姿が望ましいということでしょうか。四股という、地団駄踏む行為の本質は大地にある邪気を払うという意味があったと言われています。現代では、魅せるユニークな形式美になってる気もします。2000年を超えるかどうかはわかりませんが、力士はかなり昔からいたということは感慨深く思います。

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今城塚古墳は、かなりすごい人が埋葬されていたのではと学者たちは言っています。俗にいう継体天皇という大物です。宮内庁では、継体天皇陵として別の古墳を公式にしていますが、宮内庁の指定した古墳は継体天皇の時代よりも科学的に古いものであることは学者たちが突き止めているのでお役所相手なのでそうそう決められたことはなかなか覆せないといったところでしょうか。

少し脱線しますが、私見で日本国が誕生するまでの天皇(大王)で何かしら王権体制が大きく変化したと思われる天皇を時系列列挙だけしておきます。興味があれば調べてみてください。

  • 崇神天皇
  • 応神天皇
  • 雄略天皇
  • 継体天皇

もしかしたら、埴輪と現代を繋ぐような古い伝統がもしかしたら他にもあるかもしれませんね。

最後に、埴輪について。埴輪全般的に言えますがデフォルメされすぎだろうという思いがあります。偏見ですが絵に書き起こすと上手な小学3年生の絵レベルな出で立ちに見えます。埴輪よりも古い紀元前の時代である、ローマ帝国の石像とか確実に人間と分かる像が作られていたり、中国大陸の秦でも兵馬俑(へいばよう)というリアルな兵士の石像群が作られています。

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当時のヤマト王権では紀元前よりも新しい時代にもかかわらずなぜ、リアリティに欠ける埴輪の形状が広まったのでしょうか。 ヤマト王権期の中国大陸は世界有数の先進国で、朝鮮半島を経由して先進文化は遅れてヤマト王権に伝わってきましたが、交易をしているので思うほど遅れていることはありません。 埴輪は粘土製です。粘土でリアルなものを作っても、焼き入れの時に崩れるので頑丈でだいたい意味がわかるようなものが効率的でいいやと妥協したのでしょうか。なぜあの形に執着した当時のヤマトの人達の思惑が謎すぎます。

ただ、現代でも日本人のキャラクターに対するデフォルメは暴走気味です。アニメや漫画やイラストを見ても人間のデフォルメがすごすぎます。しまいには、艦戦兵器まで擬人化して人気が出る様は、わかるようでわかりません。こういうのも古代からの伝統なのでしょうか。面白いですね。

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.....。