思考が漏れてます

仕方ないんです。漏れてしまうんです。

( ゜∀ 。) <やるじゃない plamolog

友よ 寛大なるものよ 誠実なるものよ 知恵に富めるものよ 勝利者よ友よ 寛大なるものよ 誠実なるものよ 知恵に富めるものよ 勝利者よ

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日本史でもっとも興味が無いのは、平安時代と鎌倉時代と江戸時代でかなりそこの知識が不足している為、世界史もその時代いまいちわかってないなと理解した僕です。

そんなことよりも、2000年以上宗教ベースの争いが絶えない中東。すこしはほっこりする話はないのか、クソすさんでるなぁと眺めていたらありました。フリードリヒ2世とアルカミール。

キリスト、ムスリム、ユダヤは同じ源流を持ちながらも昔から基本は3つとも仲悪いです。エルサレムってところが3つの宗教の聖地なもんだから昔から取り合いしてます。今はイスラエル(ユダヤ)が国連に認められない形で支配してます。

キリスト教は今でこそ割りと世間に溶け込んでいる感じがありますが、強大なローマ帝国が国の宗教にキリスト教を選ばれるまでは結構迫害を受けたりと弱い立場でした。んでもって、ローマに寄生するかたちで力を蓄え、ローマが分裂したりと弱くなる中、ローマ教皇が政治とは別の権威をつかっての台頭が始まって、一時は権威も権力も双方手にするくらいの影響力がありました。

その頃にムスリム王朝からの侵攻に苦しむ分裂した右側のローマがローマ教皇に泣きついて宗教を大義としたエルサレム奪還を掲げた十字軍結成を呼びかけ、国単位ではなく宗教単位の軍隊できました。大体8回くらいエルサレムをめぐって戦争してました。約180年にもわたる大規模なものです。

ムスリムは中東を基点した現代においても過激な偏見をもたれてしまっている宗教です。あまり僕は経典に詳しくないのだけれども、アフリカでも今尚広がっていることから支配してきた白人種が多いキリスト教よりも感情的に受け付けないとか、異なる民族や部族にとってもムスリムの方が受け入れやすい考えなのかな。ちょっとわからないのですが非常に根強い宗教です。十字軍の侵攻受けている時でもムスリム側の王朝も結構変わっています。こっちも王朝や帝国に様変わりしてもムスリムは続いて基本的にはエルサレムはムスリムの土地であることが殆どでした。

さて、フリードリヒ2世とアルカミール。フリードリヒ2世ってのは神聖ローマ帝国(名前はローマその実はドイツ系の帝国)の皇帝です。アルカミールはアイユーブ朝の王様。アイユーブ朝といえば、サラディンという伝説の名将を初代とする王朝です。その3代目がアルカミール。

フリードリヒ2世はイタリアのシチリア島で生まれ育ちました。シチリア島は交易が盛んで西洋人だけでなくアラブ人も多く商売をしていました。血筋はよいものの、さして中央権力から遠い存在だったので皇帝になれたのも神聖ローマ帝国内部の継承問題で棚からぼた餅的なものでなれました。後の問題になるのは、皇帝になる代わりに十字軍を率い聖地奪還をローマ教皇に約束しました。彼は幼い頃から自由に過ごし多くの価値観を受けて育ちました。なので語学に強くアラブ語もその頃覚えたとのことで7つの言語に精通し、かなり博識な人です。そしてイスラム文化を皇帝になってもガンガン取り入れてしまう変わり者です。

アルカミールは、名将サラディンの孫。サラディンは十字軍に戦闘に負けたりもしましたがだいたい戦略的に勝ってます。エジプトも支配下においたりなど結構すごい人です。アルカミールの父親も兄弟間の熾烈な権力闘争に打ち勝って交易を広げ、1回〜4回目の間に十字軍も一部現地に残ってたりして敵対関係ですが現地としては良好な関係を築いてアイユーブ朝を盛り上げてきました。だが、急死。アルカミールが王位につくものの、やはり家族間での闘争に巻き込まれ不安定な状況でした。そして第5回十字軍でアルカミールは大敗して和睦を模索中でした。しかし、戦争は持久戦で膠着状態といったところ。

その時代二人は同じ時代で、統治に苦しむ立場であったのです。そんな中、5回目の勝利を盤石とするために十字軍6回目遠征の噂がアルカミールの耳に入ることになり悩みの種でした。フリードリヒ2世は、内心十字軍派遣は乗り気ではなく、どっちかというとローマ教皇の方が内心うざい感じでした。幼い頃からアラブやイスラム文化に興味のあったフリードリヒ2世は、なんと宿敵であるはずのアルカミールとアラブ語を使って文通を始めました。仕掛けたのはアルカミールで双方、戦争や政治的な話は避け、自然や学問や文化について何度も手紙を通して議論を行い親交が深まりました。アルカミールは天体観測儀をフリードリヒ2世へ贈り、息子の次に大切な宝物と大切にしたそうです。

ローマ教皇は、そんなフリードリヒ2世が気に入りません。言うこと効かない上、イスラム圏に興味を抱いているなど言語道断。ついに、強行的に6回目十字軍出せやと圧力をかけ、フリードリヒ2世はいやいや出兵しました。が、運がよいのか悪いのか十字軍含めフリードリヒ2世もなぜかチフスという病気に掛かり、撤退しました。ローマ教皇は、あいつサボりやがったなボケがとなって、キリスト教徒としてフリードリヒ2世を破門することにしました。破門されると、キリスト教に関わる全てに交流不可になるくらい暮らしや品格に困る深刻な問題です。

でも、フリードリヒ2世は破門を受けつつもローマ教皇てめぇのやり方気に入らねぇから俺のやり方でエルサレム奪還するわボケ。という破門十字軍を結成し、エルサレムへの最前線に腰をおろしました。そこでアルカミールと外交交渉を行いました。なんとかエルサレムくれないか?いくら、フリードリヒ2世はアルカミールと以前から親交があったとしても、アルカミールもイスラム代表の手前だしムスリムの人たちもあの土地つかってるから困るよ難色をしめしましたが、フリードリヒ2世は諦めず何度も交渉し、ムスリムとキリストがエルサレムで共存できる体制に双方知恵を捻り出し、奪回というわけでなく双方の信徒達を互いに尊重する形で土地を用意し、占領下にあるキリスト教の教会は返還。モスクはそのままでよい。軍事施設はおかない。というヤッファ条約を勝ち取りました。血を流さず。 また、もし今、他の十字軍が攻めてきた場合、私は神聖ローマ皇帝としてムスリム側で戦うとも。

わずか十年ほどだったのですが、エルサレムは平和になりました。

その代償として、ローマ教皇とフリードリヒ2世は生涯かけて戦争をしました。破門も時代が変わっても未だに解かれていません。アルカミールもエルサレムが平和になった時でも他のイスラム教徒からアホかお前と罵られたりもしました。そんな中、それでも平和の中アルカミールは天寿をまっとうしました。

アルカミールが亡くなるまでフリードリヒ2世はずっと文通を行ってきました。愚痴をいったりとか。 もう親友だったんですね。フリードリヒ2世の服装もアラブ文字が織り込まれるムスリム風の服装をまとったりと本当にキリスト教徒でありながらイスラム文化も愛した。そういう側面をもっていました。

そして、フリードリヒ2世が亡くなるとき、おそらく既に亡くなっているアルカミールへのメッセージをフリードリヒ2世は残しています。

友よ 寛大なるものよ 誠実なるものよ 知恵に富めるものよ 勝利者よ

たかだか10年の平和で終わりますが、それでも僕はこういう歴史の1ページに感動せざるを得ません。 とても心打たれる物語にふれて長文化してしまいました。

僕もなるべく極に立たず、理解することを惜しまずに生きていければなと思います。

ありがとうフリードリヒ2世とアルカミール。