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思考が漏れてます

仕方ないんです。漏れてしまうんです。

( ゜∀ 。) <やるじゃない plamolog

束縛は悪とする

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僕は束縛を受けるのが非常に不快で内心地獄へ落ちろなどという呪いの感情を持つことが殆どだ。 相手からの否定は相手が自分の立場を表すだけのものと思っている。 否定の上に肉体と精神どちらでも自分の思うとおりに相手を意のままに束縛する行為は、相手の人格まで拒絶したくなる。

ここで言うのは、約束や契約が執り行われていないものに対しての束縛だ。

例えば…

自分が好きなことに対して、するな!という束縛だ。仕事にも日常社会においても誰にも迷惑がかからないことに対しての行動制限はストレスになり、長年続くと心は離れていくものである。

否定は構わない。興味ない、嫌いなどそれ以上介入する気はない。という意思表明はとてもわかりやすいことだ。 ただし否定された事に対して、自分自身を全て比定されたと怒り狂うなどは浅はかの極みである。

家族、友人など親しい者に対しては特にウエットな関係が多く、思いのままにしようと安直に束縛行動に出してしまいがちだ。 しかし自分と異なるものも否定はしても、それらは相手の一部として受け止めることが必要なのではないかと思っている。

それができなければ離れてしまえばいいと思う。長い目で見ると苦行でしかないからだ。 日常において親しい人間が束縛行為を継続すると、喜怒哀楽の楽という感情がなくなるのである。

もう一度いう、仕事にも日常においても誰にも迷惑がかからないことに対しての束縛は、容易く自分の周りから人を遠ざけ、親しい者を苦しめることになる。

束縛する者たちへ、それは悪です。やっている本人は気づいていないと思うだろうが、誰も得しない不幸をもたらしているのです。人の心までは支配はできないです。大人になりましょう。

しかし僕の場合は、束縛されても仕方がない迷惑なことをしがちなので、そこに対して束縛は悪ではなく、迷惑な僕が悪なのです。